席を譲ることに関して

私は普段バスをあまり利用しない。だが、久しぶりに実家へ帰ろうと路線バスを利用することにした。車内は人がギュウギュウというほど込んでいるわけではないが、あまりスムーズに前へ行けない程には立っている人が多かった。

席を譲ることに関して
席を譲ることに関して

私も座る場所など無いので立っていたのだが、何個か先のバス停で少し腰の曲がった小柄なおばあさんが乗ってきた。そんな身体で立っているのは大変だなあ、おばあさん。と思いながら立っている立場の自分は何も出来ずにいた。

ふと、おばあさんの目の前の女の子が席を立った。声は掛けていなかったが、おばあさんに譲る気だったのは明らかだった。良かった良かった。と思ったのだが、ゆっくりとおばあさんが座ろうとした隙に壮年の女性が座った。

おばあさんはあっけにとられていた。私も「え?」と思ったのだが、その女性は荒げた低い声でおばあさんに向かって「何よ!?」と言い放った。おばあさんは弱弱しく「いえいえ、別に」とだけ言って立ったままだった。

壮年の女性はその後「はあーっ」とため息をついた後、ブツブツ独り言を言っていたようだ。それを見てイライラが募って何か言おうと思うのだが、いろいろな事が思い浮かんで何も言えなかった。

その後自分の降車するバス停に到着して降りたのだが、モヤモヤが治まらない。最初に立った女の子はおばあさんに声を掛けたわけではない。だから空いた席に誰が座ろうが勝手である。

もしかしたら元気そうに見えた壮年の女性も何か持病等を持っており、立っているのが辛かったのかもしれない。自分が割って何かを言ったら事を荒立ててしまい、ばあさんをさらに困らせてしまうかもしれない。

そんなことばっかり思い浮かんで声を出せないでいた。優先席は優先されるべきであろう人で満席だったのだが、こういった場合どういう声を掛ければよかったのか。ずっと悩んでいる。ただ、ひとつ、自分が今回のことで学んだのは、少し気恥ずかしいが、譲りたい相手に対しキチンと言葉を掛けて譲るべきだなということだ。

私もよく声を掛けずお年寄りを見かけたら立つだけ立っていることが多い。

しかし、あのときの悲しそうなおびえたようなお婆さんの顔が忘れられない。立った相手は自分に譲ってくれたと思った事に対しても恥ずかしかったかもしれない。たった一言声を掛けるということ。コレだけで、今回のことは避けられたかもしれない。今後は「どうぞ」と一言相手に言って立ち上がりたいものだ。

岐阜城の見学と貴重な体験

岐阜城の見学と貴重な体験

数年前、私が名古屋に在住していた時の話です。

私は、以前より歴史が好きで、名古屋や近畿地方といえば、織田信長を初め、徳川家康斎藤道三など、歴史的に有名な方々が多数存在した所で歴史好きには興味の尽きない場所です。

そんな私は、名古屋にいる期間に、沢山の歴史的な場所を見学に周りました。名古屋城、清州城、関ヶ原など周り、色々な歴史的な場所を見学した中で、一番の思い出となったのが、斎藤道三の居城であった、岐阜城を見学に行った時でした岐阜城は、山の頂上に位置し、その場所から、戦国時代には難攻不落のお城の一つに数えられる、歴史的な有名な城です。

そんな有名な城は、現在のJR岐阜駅のすぐ近くにあります。駅を降りて、周りを見渡し、ふと目線を上に上げた瞬間、一目で、岐阜城が難攻不落と言われる意味を理解することが出来ました。

それは城が、想像以上に高く、急斜面を有した山の頂上にあったからです。また難攻不落に納得すると同時に、このような高い山の上にお城を作った、昔の人々の知識と力、技術に本当に関心致しました。私は、そこからロープウェイにのり、改めて岐阜城を目指しました。

城に入り、天守閣に登り、高く大きな山の上に存在する岐阜城から見た景色は、岐阜市内を一望できるほどに、遠くまで見えて、今まで見たことのないほど、見ごたえ有る景色でした。

そして一通り岐阜城を堪能した私は、下山する事にしました。岐阜城には下山方法として、そのままロープウェイか、山道を歩いて降りる方法があり、山道は、下山するのに1時間〜2時間ほど時間が掛かる上、道が舗装されていないようでしたが、私は、折角の岐阜城の自然を楽しむために、山道を使って下山することにしました。

そして岐阜城に来て最期の驚きは、この下山する時の山道でありました。山道を降り始めて、半分ほど来た頃、急に「トーン」「トーン」と音が聞こえてきました。何の音かと思い、周りを見て回ると、30センチほどの大きなリスが、木に捕まりジーとコチラを見ながら、尻尾を木に当てて、音を立たていました。それは、今にも私に襲い掛かってきそうな勢いで、私を威嚇してました。

あまりの事に、びっくりした私は、下手に動くと襲われると思い、その場から2.3歩ゆっくりと後ずさりしました。すると、目の前に、小石のような灰色でうごめく物が見え、よく見みると、それは小さい子供のリスである事に私は気づきました。おそらく木に捕まっていたリスは母親で、子供が襲われると思ったのでしょう、

私を敵だと思い、威嚇していたのです。

私は、そのままゆっくり、ゆっくりとその場を離れ、そして下山しました。あの場で私が、もう少し、気付くのが遅ければ、多分私は、リスに襲われていたと思います。この岐阜城での体験は、怖い思いもしましたが、私の人生の中では、自然に触れた貴重な体験として、忘れられない思い出の一つになっています。

岐阜城〜岐阜観光コンベンション

正しければ何をしても良いのか?

先日、電車に乗っていた時のことです。

平日の昼間だったのもあり、電車内はまばらに人がいるだけといった雰囲気で、窓からは心地よい陽光が差し込み、騒がしさは一切なく、私は仕事での移動中であったにも関わらず、ついつい居眠りをしてしまいそうなぐらいの落ち着いた空間でした。

しかし、ある駅に停車した際、数人の乗客に紛れ、物凄く音漏れのするイヤホンで音楽を聴きながら電車に乗ってくる若者がいました。普段の通勤時や退勤時の騒がしい電車内ではなく、とても静かな空間だったため、そのイヤホンからの音漏れはかなり目立っており、いつもなら気にしない私も、ちょっと鬱陶しいなあと感じていました。

すると、同じ車両にいた60代くらいの男性が、その若者に声をかけに行きました。盗み聞きをするつもりは無かったのですが、電車内が静かだったのもあり、男性が話をしている内容は、聞き耳を立てずとも自然と耳に入ってきました。

やはりといった感じではありますが、男性はその若者のイヤホンから漏れる音がうるさいといった内容を伝えていました。しばらく様子を見ていると、若者はイヤホンを外し、「すいませんでした。」と一言謝って、音量を調整するようなそぶりを見せていました。

素直に聞いてくれる若者で良かったなあと思って、私はまたウトウトとし始めたのですが、男性は立ち去ることなく、「これだからゆとりは!」「親の顔が見てみたい!」「いい歳して周りの迷惑を考えないのか!」と、若者に説教を始めました。

まあ、多少ならばと思っていたのですが、男性は若者が電車を降りるまでその調子で、しかも、いつしか説教はその若者の人格を否定するような罵倒へと変わっていきました。

そして何よりも、その男性の罵倒は音漏れよりもうるさいのです。

先程までは静かだった空間が、一変してどんよりとした嫌な空間になってしまいました。音漏れが酷かったのは若者に非がありますし、それを注意した男性は正しかったと言えます。

しかし、その男性の振る舞いは見ていて物凄く不愉快でしたし、逆に、素直に謝り、理不尽な罵倒すらも黙って聞いていた若者は本当に大人だなと感じました。

自分が悪いことをしていると気づいていない人よりも、自分が正しければ何をしても良いと思っている人の方がやっかいだなと感じる出来事でした。