おはようございます♪

最近は少々のことでは感動したり
喜怒哀楽を表すことは無くなってきたような気がします。

別に今日、会社で思うような仕事ができずに
気落ちしているわけではないですし、
財布を落としてショックから立ち直れないわけでもなく
いつものようにいつものことをこなし
達成感なのか満足感なのか
そうとでも言えるような感覚は
何となく感じているつもりではあります。

だから今、冷静になって今日一日の出来事を振り返り
こんな場面ではもっと楽しむべきだったのかな?とか
こういう時にはもっと怒りを覚えるべきだったのかも?と感じる?
いや正確には考えてみるのですが
それを特別に表現しようとすることの方が
何だか自分が自分ではないように感じるのです。

去年はもう少し違っていたかも。
一昨年は更にもう少し違っていたかもと
これもまた冷静に考えてみるとそう感じるのですが
だからと言って今の私に不満があるわけでもないのです。

これは経験が良くも悪くも多くの物事や変化に対して
免疫を作っているのかな?なんて理由付けているのですが
これは言い訳でも屁理屈でもなく
そう考えてみると結構、納得のいくことが多いのも事実なのです。

同じ失敗を繰り返すとそれに慣れてしまうとか、
同じ場所に多く出向くとそれは日常に溶け込んでしまうとか、
新しいことには今でも過敏に反応できる感情はあるのですが
それも歳を経て多くを経験していく中で
次第に新しいこと自体が
少なくなっていっていると実感せざるを得ないのです。

そうした自分に気付くことは
気付かないよりは「幸せ」かな?なんて感じます。

なぜなら意味なく訳もなく
倦怠とか怠惰とか意志がないというような言葉で
片付かないだけマシかななんて思うのです。

経験は積めば積むほど慣れという知恵が生まれる。
それは誰もが通る道であり
その知恵があるから大人になって複雑な社会や人間関係の中で
無難に乗り切れる精神力が養われるのだろうと思うのです。

今の歳でこれだと10年後は少々末恐ろしいです(^^;
でもその時にはその時の知恵でこのことについて考えるのですから
たぶん無難に答えをまとめ乗り切れるのでしょう。
そう信じてまた明日から更なる知恵のため
頑張っていこうと思います。

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