売血というビジネス

「大河の一滴」で有名な作家の五木寛之さんは、若い頃に「青春の門」という小説を書いています。若き日の五木さんの自伝的な小説ですが、その中に売血に関するエピソードが出てきます。売血、血を売る?ところで、売血とは何でしょうか。

戦後、輸血用の血液が不足した際、血液を集めるために二つの種類の組織が活動していました。一つはご存じ日本赤十字で、もう一つは「民間商業血液銀行」と呼ばれる企業です。日本赤十字は、献血で血液をほぼ無料で集めていたのに対し、商業血液銀行は血液を有償で買い取っていました。商業血液銀行が広告などで積極的に営業活動を行ったこともあり、日本赤十字の献血数は激減、逆に商業血液銀行が急成長していました。

当時、貧しい学生であった五木寛之さん、また同時代を生きた多くの若い人たちは、小遣い稼ぎ、また生活費捻出のため商業血液銀行に通い、自分の血液を売ってそれをお金に換えていました。血液を必要な人が買い、足りている人が売る、という資本主義の構図です。

しかしながら、売血により集めた血液の「品質」が低いことがまず問題となりました。血液を売る人は、お金ほしさに頻繁に売血していたため、適切な赤血球濃度に達していない血液が多く流通していました。さらに、売血者のなかには、覚醒剤中毒者もおり、注射針の回しうちで肝炎にかかっている、つまり血液に肝炎のウイルスが含まれているケースもありました。

輸血したら、逆に肝炎にかかってしまうことがあったのです。こうした問題への対策から、政府は売血を禁止し、1966年には売血は終了しています。なお、自宅に帰り、家族に「売血というのが過去にあって輸血は危険な行為だったんだね」という話をしたら、鹿児島に住んでいる家族の遠戚が1960年代に、まさに輸血が原因で亡くなっていました。

身近にこんな話があったとは、驚きました。

いまでは、売血という言葉は聞かれなくなり、献血という言葉に一本化されています。そして血液の品質維持のための検査に、多大な労力が割かれており、安全な輸血用血液を提供するという環境が整っています。

この環境を作るために多くの試行錯誤そして犠牲があったということなのです。

成田空港の60年を考える〜便利で安全な空港であり続けてほしい

成田空港

日本の玄関である成田空港の歴史は、空港反対派との激突の歴史でもあります。近隣住民に極めて配慮した空港運用は、時に新規航空会社や新路線の就航を阻んできました。しかし、そうした状況が大きく変わってきています。

成田空港の構想が生まれたのは1960年代です。

日本の国際化の進展とともに、首都圏で唯一の空港だった羽田空港のキャパシティ不足が早くから指摘されていました。これ以上羽田空港を拡大するには海上の埋め立てが必要だが、埋め立てには巨額の費用がかかる。こうして国際線専用の新空港の立地として、白羽の矢が立ったのが、千葉県成田市の三里塚地域でした。

日本は、土地収用(公共目的のために、土地の所有者の意向とは関係なく国や自治体が買い上げること)に関する法律はありましたが、三里塚の住民が、住み慣れた土地を追われることに反対、そしてその反対運動を左派過激派が応援したことで、空港建設は泥沼化し、多くのテロ事件が起こりました。

そして空港が開港となった1978年以後もテロは続きます。2016年まで、成田空港に入る車の検問、ならび電車でやってくる人のチェックが行われていたのも過激派対策が必要だったからです。

時は流れて、1999年に東京都知事に就任した石原慎太郎さんは、羽田空港の国際化を進めました。首都圏のほとんどの国際線が成田空港からの離発着で、東京の中心部や東京西部から著しく遠い成田空港は、利便性が悪かったためです。2010年からは羽田空港の国際化が開始され、多くの利便性を求める利用者が、成田から羽田に移りました。

かつては成田空港に反対していた地元住民や自治体も、成田空港の地位がいざ低下すると、200億円を超えるといわれる地元自治体に対する固定資産税、ならび4万人を越える成田空港の雇用に影響がでるためです。

よって、これまでのような反対一辺倒ではなく、便数の増加、離発着条件の緩和などが受け入れられやすくなっています。また、過去に比べて、技術の進歩により飛行機自体の騒音が減ってきたことも、理由としてあげられます。住環境の悪化はかつてほどではなくなり、それより経済環境、雇用維持の方が重要なトピックになったのです。

今後は、ビジネス客や時間のない人は便利な羽田、時間にゆとりがある人や格安航空会社は成田、という流れが促進していくことが予想されています。利用者としては、便利で安全な空港であり続けてほしいと願います。

ファストファッションと環境問題

オシャレをするのが好きな私は、よく洋服・鞄・帽子・靴などを購入するのですが、様々な問題で長く使う事ができず、悩んでいました。

その問題というのは、些細な事です。

例えば、洋服のサイズが合わなくなったということ。体重の増減が激しい私は、よくこの問題に直面します。その他にも見栄をはって窮屈なデニムを購入してしまったりと、失敗を重ねてきました。

他にも、年齢を重ねて着れなくなった、好みが変わってしまった、身につけてみたら合わせづらかった、利便性に欠けているといった色々な理由から、すぐに使わなくなってしまうのです。

年々余計なものは買わず、先々の事を考えて慎重にものを選ぶようになりました。そしてそれと同時に、私は少しずつ「ファストファッション」を利用するようになりました。流行りものが気軽に低価格で手に入るファストファッション。飽き性の私には好条件で、使わなくなって捨てても惜しくないと思っていました。

しかしファストファッションも環境問題を抱えているという事を知りました。

新商品を次々と展開するファストファッションを、私のように「買っては捨てる」といった方法で利用する人は多いようです。これは日本だけではなく、他の国でも同様のようです。「流行遅れの服たち」「飽きられた帽子たち」「利便性が欠けた鞄たち」など、様々な理由で不要になった衣類のゴミが増えているそうです。

私は心が痛みました。

多少我慢してでも買ったものは沢山使わなければならないと思うようになりました。そんな時、ファストファッションの有名ブランドH&Mが、服のリサイクル活動をしている事を知りました。その内容は驚くべきものでした。H&Mの衣類でなくても不要になった衣類は店に持っていくと、回収してくれて引き換えにクーポン券をくれるのです。

しかもそれは破れた衣類でも引き取ってくれるというのです。

なんとも画期的なサービスでしょう。

それを知ってから私は、着なくなってしまった衣類はH&Mに持っていくようになりました。衣類は回収され、工場で選別されて新しい製品の材料になったり燃料になったりします。消費者がもっとモノを大切に扱う事も大事ですが、H&Mのようにもっと積極的にリサイクル活動をする企業が、今後増える事を願っています。

割り箸が森林破壊につながっているなんて考えたことない

居酒屋、コンビニ、レストラン、スーパーなど日本では至る所で割り箸が使われています。

現在、日本では年間250億膳(木造住宅2万軒分)もの割り箸が使い捨てされているそうです。
世界では、東京ドーム80個分の森林が1年間で消えています。

ふだん何気なく貰って、何気なく使用している割り箸。
それが森林破壊に繋がっているなんて、考えたこともありませんでした。

森林とは、ただ木がたくさん集まっているところではありません。
森は多くの生物を養い、落葉や生物の働きや死骸で豊かな土を作り、
樹木と豊かな土がダムの働きをして雨水を貯え少しずつ流しだし、
二酸化炭素を吸収し酸素を放出し、大気の浄化をしてくれます。

人が生きていくうえで、森林はなくてはならない場所だということがよくわかります。

もちろん、割り箸だけが森林破壊に繋がっているのではありません。
牛乳パックやティッシュペーパー、トイレットペーパーや新聞や雑誌など、紙製品だけでも大量の木を伐採しています。
そのほか、工業用地・農地・リゾート・換金作物のためのプランテーションなどの乱開発、
酸性雨・地球温暖化による永久凍土の融解での森林破壊が加速…など、原因はさまざまです。

しかし、私たちには一体何ができるのだろう…。
そこで割り箸を見てふと思ったのです。
今まで、子供の工作や遊びに使えるから…と、買い物ついでに貰える割り箸は全て貰っていました。
ですが「いりません」この一言で、世界の森林が救えたらすごいことですよね。

森林を守るためにはまず一本の木から大切にしなければなりません。
そこで、最近エコな人は持ち歩いている、マイ箸です。
マイ箸とは、自分専用の持ち歩き箸のことです。

最近ではオシャレなマイ箸やマイ箸袋が、雑貨屋さんや百貨店ではたくさん売られています。
コンビニランチだって、マイ箸がカバンから出てきたら、なんかかっこよくないですか?
すごく素敵な人に見えますよね。

一人が持てば年間200膳もの割り箸が救えます。
これが10万人になると2000万膳もの割り箸が削減されるそうです。

大きいことはできなくても、普段の生活の中でできることはたくさんあります。

まず「いりません」からはじめてみようかと思います。