最近の女性に感じてしまうこと。

最近よく感じるのが、若い女性についてです。

若い女性はファッションもおしゃれですし、髪型も綺麗に染めていたり、綺麗に爪にネイルをしていたり、スタイルの多い子が多くて素敵だと思います。

しかし、みんな同じようにみえてしまうことが多いのです。きっと、ファッション誌やテレビなどをみて参考にしているのだと思いますが髪型やファッションが似ている子を街でよくみかけます。

流行りのファッションに流行りの髪型なのでしょうが、男性からみるとまったく個性がないし違いがわかりません。自分の着たい服を着て自分の好きな髪型にした方が個性がでて魅力があると思います。周りの流行に流されずに、自分自身を貫いてほしいなと思います。

メイクについても同じことが言えます。男性は女性のメイクにそこまで関心を持ってはいませんし、どんなに綺麗にばっちりメイクをしていても素顔を男性に見せたときにそのギャップにひいてしまうでしょう。メイクには流行りのものよりもナチュラルな感じが女性の魅力を引き出し男性からも魅力的に捉えられるでしょう。

それから、手や足の爪にネイルをする女性が多くみられます。確かにとても綺麗だし専門のネイルサロンなどでやってもらったものをみせてもらうと綺麗だと思います。

しかし、男性からしてみると手や足の爪にネイルをしてもそれがいったい何なのか?と思ってしまいます。

ネイルにこだわって綺麗にみせてもそこに無駄なお金をかけてしまう女性には男性からみるとあまりよくは思わないでしょう。

ほとんどの、男性は、女性のネイルにまったく関心がないという事実は是非とも知っておいてほしいなと思います。それと、やはり男性からみて感じるのが外見を磨くのもいいけれど内面をもっと磨けるといいと思います。

男性は料理が出来る女性や子供が好きな人女性、家庭的な女性の事を好む男性は今の時代でもまだまだ多いので是非参考にしてもらいたいと思います。

男性は結構単純なので。

自分の腋臭(えきしゅう/ワキガ)について友人に指摘されて初めて気が付きました

自分の腋臭(えきしゅう/ワキガ)について

あけましておめでとうございます。

ある時友人に自分の体臭についての指摘をされました。確かにあの頃はショックも大きかったけれど、あの時友達にはっきり言ってもらわなければ、ずっとワキガのままだったと思うと、友達には感謝の念でいっぱいです。

さて、そんなワキガの改善方法ですが、主に2つの視点があると思います。

一つはほかのにおいで腋臭のにおいを打ち消す方法。2つ目は腋臭自体のにおいを出さないようにする方法です。

一つ目の方法に関してはあまりお勧めではありません。なぜなら例えば香水や制汗剤などを使用したとします。でも、それはずっと効果があるわけではありません。汗をかいたり、シャワーを浴びたりするとすぐに元通りになってしまいます。やはり臭い物に蓋をするだけでは、いつか蓋は空いてしまうのです。そこで2つ目の腋臭の原因自体を絶ってしまう方法です。これは効果ありでした。

なぜならにおい自体が出ないものですからにおう心配もありません。

さてその方法についてですが、一番手っ取り早いのは生活習慣の改善です。

脂肪の多い食事、喫煙、不規則な生活、どれもわきがを引き起こす原因になります。わきがを治す近道は手術などがあるとは思いますが、やはり身近なところを一歩ずつ改善していく方法がいいのではないでしょうか。そして、そのような身の回りのことを継続してやって、それでも治すことができないのであれば、病院にいって手術などをするべきなのではないでしょうか。

自分の腋臭(えきしゅう/ワキガ)について

やはり体臭は日本人にとっては人の評価を左右する重要なポイントでもあるため、真摯に向き合わなければいけないと私自身も思いました。後、自分がそうであるので、他人の体臭に対しては寛容になることができています。自分はなかなか他人の体臭をズバッと指摘すような勇気はありません。

私は現在では、体臭の原因となるようなたばこはスッパリやめましたし、食生活に関しても、以前まではインスタントや脂っこいものが好きでよく食べていましたが、自炊をするようになって、野菜や果物などをバランスよく食べるようになりました。

そして、濃かった腋毛も全部沿って、お風呂で念入りに洗った後には、クリームか制汗剤を使用して、体臭を抑えています。これだけやってもくさい時にはくさくなる時もあるので、わきがはとても手ごわいものです。やはり、体臭に関しては一気に直すというよりも、一歩一歩着実に改善していくというのが大事みたいですし、私自身も以前よりかは幾分かは改善してはいるので、それをとても実感してはいます。

いつか無臭になれるようにしたいですね。

息子のマラソン大会で大切なことに気づかされました

息子のマラソン大会で大切なことに気づかされました

先日息子の小学校でマラソン大会がありました。

息子は去年見事に最下位だったのでクラスメイトにバカにされ、来年こそは最下位にはならない!と一年間ほとんど毎日ランニングをしていました。もともと運動神経が良くないのですが、「継続は力なり」という言葉は本当で、練習で走った時に最下位だった息子が7位になる事が出来たんです。

そうなると親としても欲が出てくるもので、「賞状がもらえる6位までに入ったら欲しがっているおもちゃを買ってあげる」と約束しました。当日息子なりに頑張りましたが9位になり最下位を脱出出来て嬉しいはずなのに、賞状がもらえる順位に…という約束をしたせいで息子がガッカリしてしまいました。

本人にやる気を出させる為だったとはいえ、本当に良い方法だったのか考えさせられました。そして考えさせられたことがもう一つ。一年間頑張って走ってきた息子ですが、練習も何もしていないお友達の方が順位が上だったんですよね。小さい時からスポーツ万能な子だったので、生まれ持っての才能という事になるのでしょう。どんなに努力をしても、才能が無いものは生まれ持っての才能には勝てないのかと思ってしまいました。

やっぱり地道に頑張ってきた人間が良い結果が出ると思いたかったのですが、スポーツに関しては難しいものがありますね。悔しい思いもありましたが、最下位だったのが9位になった事は努力の結果だと思うので、今後も来年のマラソン大会に向けて走り続けるそうです。

順位を意識し過ぎてゴールした後泣いてしまう子や、抜かされまいと隣を走っている子を押してしまう子など、色んな性格の子供達を見る事が出来ました。そんな中で一番印象に残っているのが、最後から3番目で決して早くはないんだけど常に笑顔で楽しそうに走っていた男の子です。

母親を見つけると手を振ったり、ラストスパートした子に抜かされても気にもしない。とにかく楽しそうだったんです。

なんだか順位や賞状を意識していた自分が恥ずかしくなりました。楽しく参加出来たらそれだけで十分なんだとその男の子に教えてもらいました。

心が和む会話

心が和む会話

先日、電車に乗って帰宅しようとしていた時のことです。夕方の時間で人がまあまあ居て、座席は満席の状態でした。すると、1人の若い女性がベビーカーを押しながら乗車して来て、ベビーカーを前に固定して僅かな隙間に座って、いました。

すごく疲れた様子の女性は、涙をいっぱい溜めて赤ちゃんを見つめていて辛そうでした。

誰もが「大丈夫ですか?」と聞きたそうな顔をしていましたが、シーンとした電車内ではなかなか勇気がなくて、私は黙ることしか出来ませんでした。

すると、おばちゃん3人組がにこにこ顔で赤ちゃんの前まで近づいて止まりました。すると「可愛いわね〜私は、赤ちゃんのモチモチ肌と柔らかい匂いが大好きなの」と1人のおばちゃんが言うと、他の2人にも同じように優しい声で話していました。

私は「この状況でそんな話ですか…凄いなおばちゃんは」とよく思えませんでしたが、よくおばちゃんと若いお母さんの会話を聞いていると、ただの会話ではないことに気がつきました。

なんと、おばちゃん3人組はお母さんと会話しながらお母さんの悩みを解決していたのです。若いお母さんは、子育てに戸惑い困っていました。人生の先輩ならではのアドバイスや会話のテクニックに驚きながらも、私も心が癒されていたのです。

「いいのよ。人生は長いのだから、あせらずゆっくりいきましょう。大抵のことはなんとかなるのよ?だって、私たちはそうして何十年やってこれたのだから」と。

私は、本として販売し人生の参考書にしたいと本気で思いました。

気づくと、周りの乗客の方々もほっこりした顔で若いお母さんとおばちゃんを見ていました。しばらくすると、周りの人みんなが「頑張れ!」「応援してます」と応援する言葉を言っていいムードになりました。

若いお母さんと赤ちゃんは、笑顔で下車していきました。おばちゃん達の力は絶大で、その会話を聞いていた人はみんな心が和んだと思います。人のあたたかさを感じた帰宅途中でした。

席を譲ることに関して

私は普段バスをあまり利用しない。だが、久しぶりに実家へ帰ろうと路線バスを利用することにした。車内は人がギュウギュウというほど込んでいるわけではないが、あまりスムーズに前へ行けない程には立っている人が多かった。

席を譲ることに関して
席を譲ることに関して

私も座る場所など無いので立っていたのだが、何個か先のバス停で少し腰の曲がった小柄なおばあさんが乗ってきた。そんな身体で立っているのは大変だなあ、おばあさん。と思いながら立っている立場の自分は何も出来ずにいた。

ふと、おばあさんの目の前の女の子が席を立った。声は掛けていなかったが、おばあさんに譲る気だったのは明らかだった。良かった良かった。と思ったのだが、ゆっくりとおばあさんが座ろうとした隙に壮年の女性が座った。

おばあさんはあっけにとられていた。私も「え?」と思ったのだが、その女性は荒げた低い声でおばあさんに向かって「何よ!?」と言い放った。おばあさんは弱弱しく「いえいえ、別に」とだけ言って立ったままだった。

壮年の女性はその後「はあーっ」とため息をついた後、ブツブツ独り言を言っていたようだ。それを見てイライラが募って何か言おうと思うのだが、いろいろな事が思い浮かんで何も言えなかった。

その後自分の降車するバス停に到着して降りたのだが、モヤモヤが治まらない。最初に立った女の子はおばあさんに声を掛けたわけではない。だから空いた席に誰が座ろうが勝手である。

もしかしたら元気そうに見えた壮年の女性も何か持病等を持っており、立っているのが辛かったのかもしれない。自分が割って何かを言ったら事を荒立ててしまい、ばあさんをさらに困らせてしまうかもしれない。

そんなことばっかり思い浮かんで声を出せないでいた。優先席は優先されるべきであろう人で満席だったのだが、こういった場合どういう声を掛ければよかったのか。ずっと悩んでいる。ただ、ひとつ、自分が今回のことで学んだのは、少し気恥ずかしいが、譲りたい相手に対しキチンと言葉を掛けて譲るべきだなということだ。

私もよく声を掛けずお年寄りを見かけたら立つだけ立っていることが多い。

しかし、あのときの悲しそうなおびえたようなお婆さんの顔が忘れられない。立った相手は自分に譲ってくれたと思った事に対しても恥ずかしかったかもしれない。たった一言声を掛けるということ。コレだけで、今回のことは避けられたかもしれない。今後は「どうぞ」と一言相手に言って立ち上がりたいものだ。

岐阜城の見学と貴重な体験

岐阜城の見学と貴重な体験

数年前、私が名古屋に在住していた時の話です。

私は、以前より歴史が好きで、名古屋や近畿地方といえば、織田信長を初め、徳川家康斎藤道三など、歴史的に有名な方々が多数存在した所で歴史好きには興味の尽きない場所です。

そんな私は、名古屋にいる期間に、沢山の歴史的な場所を見学に周りました。名古屋城、清州城、関ヶ原など周り、色々な歴史的な場所を見学した中で、一番の思い出となったのが、斎藤道三の居城であった、岐阜城を見学に行った時でした岐阜城は、山の頂上に位置し、その場所から、戦国時代には難攻不落のお城の一つに数えられる、歴史的な有名な城です。

そんな有名な城は、現在のJR岐阜駅のすぐ近くにあります。駅を降りて、周りを見渡し、ふと目線を上に上げた瞬間、一目で、岐阜城が難攻不落と言われる意味を理解することが出来ました。

それは城が、想像以上に高く、急斜面を有した山の頂上にあったからです。また難攻不落に納得すると同時に、このような高い山の上にお城を作った、昔の人々の知識と力、技術に本当に関心致しました。私は、そこからロープウェイにのり、改めて岐阜城を目指しました。

城に入り、天守閣に登り、高く大きな山の上に存在する岐阜城から見た景色は、岐阜市内を一望できるほどに、遠くまで見えて、今まで見たことのないほど、見ごたえ有る景色でした。

そして一通り岐阜城を堪能した私は、下山する事にしました。岐阜城には下山方法として、そのままロープウェイか、山道を歩いて降りる方法があり、山道は、下山するのに1時間〜2時間ほど時間が掛かる上、道が舗装されていないようでしたが、私は、折角の岐阜城の自然を楽しむために、山道を使って下山することにしました。

そして岐阜城に来て最期の驚きは、この下山する時の山道でありました。山道を降り始めて、半分ほど来た頃、急に「トーン」「トーン」と音が聞こえてきました。何の音かと思い、周りを見て回ると、30センチほどの大きなリスが、木に捕まりジーとコチラを見ながら、尻尾を木に当てて、音を立たていました。それは、今にも私に襲い掛かってきそうな勢いで、私を威嚇してました。

あまりの事に、びっくりした私は、下手に動くと襲われると思い、その場から2.3歩ゆっくりと後ずさりしました。すると、目の前に、小石のような灰色でうごめく物が見え、よく見みると、それは小さい子供のリスである事に私は気づきました。おそらく木に捕まっていたリスは母親で、子供が襲われると思ったのでしょう、

私を敵だと思い、威嚇していたのです。

私は、そのままゆっくり、ゆっくりとその場を離れ、そして下山しました。あの場で私が、もう少し、気付くのが遅ければ、多分私は、リスに襲われていたと思います。この岐阜城での体験は、怖い思いもしましたが、私の人生の中では、自然に触れた貴重な体験として、忘れられない思い出の一つになっています。

岐阜城〜岐阜観光コンベンション

正しければ何をしても良いのか?

先日、電車に乗っていた時のことです。

平日の昼間だったのもあり、電車内はまばらに人がいるだけといった雰囲気で、窓からは心地よい陽光が差し込み、騒がしさは一切なく、私は仕事での移動中であったにも関わらず、ついつい居眠りをしてしまいそうなぐらいの落ち着いた空間でした。

しかし、ある駅に停車した際、数人の乗客に紛れ、物凄く音漏れのするイヤホンで音楽を聴きながら電車に乗ってくる若者がいました。普段の通勤時や退勤時の騒がしい電車内ではなく、とても静かな空間だったため、そのイヤホンからの音漏れはかなり目立っており、いつもなら気にしない私も、ちょっと鬱陶しいなあと感じていました。

すると、同じ車両にいた60代くらいの男性が、その若者に声をかけに行きました。盗み聞きをするつもりは無かったのですが、電車内が静かだったのもあり、男性が話をしている内容は、聞き耳を立てずとも自然と耳に入ってきました。

やはりといった感じではありますが、男性はその若者のイヤホンから漏れる音がうるさいといった内容を伝えていました。しばらく様子を見ていると、若者はイヤホンを外し、「すいませんでした。」と一言謝って、音量を調整するようなそぶりを見せていました。

素直に聞いてくれる若者で良かったなあと思って、私はまたウトウトとし始めたのですが、男性は立ち去ることなく、「これだからゆとりは!」「親の顔が見てみたい!」「いい歳して周りの迷惑を考えないのか!」と、若者に説教を始めました。

まあ、多少ならばと思っていたのですが、男性は若者が電車を降りるまでその調子で、しかも、いつしか説教はその若者の人格を否定するような罵倒へと変わっていきました。

そして何よりも、その男性の罵倒は音漏れよりもうるさいのです。

先程までは静かだった空間が、一変してどんよりとした嫌な空間になってしまいました。音漏れが酷かったのは若者に非がありますし、それを注意した男性は正しかったと言えます。

しかし、その男性の振る舞いは見ていて物凄く不愉快でしたし、逆に、素直に謝り、理不尽な罵倒すらも黙って聞いていた若者は本当に大人だなと感じました。

自分が悪いことをしていると気づいていない人よりも、自分が正しければ何をしても良いと思っている人の方がやっかいだなと感じる出来事でした。

祖母への手紙

今年94歳になる祖母は遠い街で叔母とともに暮らしています。

いまだ頭も身体も年の割にはしっかりしていて、できる範囲で炊事洗濯など身の回りのことをやっているそうです。1年のうち何度かは泊りがけで会いに行きますが、そのたびに祖母は私や他の家族のことを心配していたわってくれます。

そんな祖母にせめてものお返しとして、こまめに手紙を書くようにしています。

昔から祖母は私が手紙を書くと本当に喜んでくれました。文章が上手だ、字を綺麗に書けるようになったね、そんな返事がよく返ってきました。

最近では返事が返ってくることも少なくなりましたが、それでも私の手紙を待ち遠しくしていてくれることを叔母が教えてくれました。祖母への手紙を書くために、机の上に便箋と鉛筆、消しゴムと辞書を広げます。鉛筆なんて普段はほとんど手にしないのに、なぜか祖母への手紙は子供のころからいつも鉛筆で書いているのです。

最近、視力が衰えている祖母のために字は大きく書かなくてはいけません。若い頃は小学校の先生だった祖母は漢字の間違いにも厳しいので、消しゴムと正しい漢字を調べる辞書は欠かせません。こうして祖母への手紙を書く準備が整ったら椅子に座って、さて、今回は何を書こうかなと頬杖ついてあれこれ頭の中に思い浮かべるのです。

祖母への手紙には季節の移り変わり、私の身の回りの出来事、他の家族について、最近思ったこと、そんなことを毎回書いています。祖母は都会に住んでいますが、私は今は田舎と呼べるところに住んでいます。私の住むところに来たことがない祖母は、私の話す田舎の景色にいつも興味津々です。山からやってくる猿やイノシシのこと、地元のおばあちゃんの作る郷土料理のこと、稲刈りなどの今も残る日本の風景。そんな祖母にとっては懐かしいような珍しいような話を手紙に書いていきます。

手紙の最後には必ず「またね」と付け加えて、書き終えます。

封筒には切手好きの祖母のために選びに選んだ切手を貼って、それから大急ぎでポストへと走ります。そうっと両手で大事に投函したら、気持ちはもうすでに祖母のところに行っているのです。

いつ着くかな、もう着いたかな、読んだかな、喜んでくれたかな。たとえ返事がすぐに来なくても祖母に手紙を出す、それだけで嬉しくなってしまうのでした。

胃の不調から気づいたこと

胃の不調から気づいたこと

私は2か月程前から、胃の調子が悪くなっていました。症状は、食後から食道のあたりに異物感があり、げっぷが出そうで出ないというような気持ち悪さと、横になった時に胃液が上がって来るというものでした。

肌もボロボロになり、大きな膿を持つ吹き出物が顔中に出来ました。食欲はあるものの、食べた後6時間くらい胃の不快感に見舞われるので眠ろうにも眠れず精神的にきつくなりました。

病院に行ってみたところ、逆流性食道炎と診断されお薬を処方して頂いたのですが、1週間飲んでも症状は全く改善されませんでした。そこで、日頃の食生活を見直してみたのです。

私のそれまでの食生活は、朝は食べず、昼食は菓子パンやコンビニのおにぎりと野菜ジュース、夜は時間はばらばらで食べたい物と野菜と、ビタミン類のサプリメントや食物繊維のサプリメントを摂るといった感じでした。

そして、休日前になると仕事のストレスからか、夜中にスナック菓子やアイスクリームなどを気持ち悪くなるくらい食べていました。

「あぁ、これはきっと不規則なうえに不健康な食生活に、私の胃が悲鳴を上げているのだ」と思いました。それから徹底的に食生活を改善してみました。朝はバナナなどの消化に良いフルーツ、昼は玄米のご飯に昆布でだしを取ったお味噌汁に納豆とサラダや焼き魚。夜は、ぬか床で漬けたお漬物に根菜を多くつかったスープとお浸しなど。

この食生活に変えてから3日ほどで、あれほど苦しかった胃の不調が治まりました。お肌に出来ていた、痛い吹き出物も日に日に小さくなり1週間ほどで綺麗さっぱりなくなりました。

今まで、足りないものはサプリメントなどで補えばいいと思っていたし、摂り過ぎたものは運動をして燃焼させたり便で外に出してしまえばいいという考えだったのですが、胃の不調のお陰で気づかされました。

体調の良しあしは、私が今まで口にして来たものから来ているのだと。食生活を変えてから、2か月が過ぎましたが、サプリメントなど飲まずとも肌は荒れませんし、便も毎日すっきりと出ます。

目覚めもよくなり、だるさや偏頭痛が起きる回数まで減りました。

どれほど忙しくてもストレスを溜めていても、食事だけはしっかりと摂っていかなくてはと実感しています。

只今娘は反抗期です

hankouki

我が家には今年小学一年生になったばかりの一人娘がいます。

小学校に入学してからと言うもの、ファッションやオシャレに興味を持ち始め、ああ言えばこう言うと言う感じの生意気盛りでもあります。娘は一人っ子と言う事もあり私や夫、大人と接する機会がとても多く考え方もちょっと大人寄りで、お友達のお父さんお母さんと仲良くなってしまう感じの子供です。そのせいもありお友達のお母さん達によく声をかけられ、学校の行事等で小学校に行く機会がある時等は、見知らぬお母さんから声を掛けて頂く事もあるほどです。

そんな社交的な娘も、最近私に対して反抗的な態度をとるようになってきました。

娘が私に何かと口答えしたり言う事を聞かない事が多くなると、いよいよ反抗期がやって来たかと思いましたが、理屈ではわかっていてもやはり露骨に反抗されると、私も大人気なくムキになってしまいます(笑)

娘も小学生になり学校の新しいルールに戸惑ったり、友達との付き合いにも変化が出てきたと思いますし、以前と比べると自分の考えが強くなり、思い通りにいかない事に対しての不安やストレスも少なからず感じているのだと思います。

子供の反抗期はそんな環境や心の変化から始まるのだと思いますが、娘は私に似て頑固なところがあるので、一度へそを曲げるとなかなか解決策が見つからないのも困ったところです。

何とか少しでもお互いにストレスを感じる事を少なく出来ないものかと色々考えていると、娘は小さい頃から褒めると何でも得意気になってやる事を思い出しました。それ以来、何かやる時や行動を促す時にはまず最初に大げさなほど褒める様にしています。まず、これ得意だよね上手だよねと言いながら用件を伝えると、娘も不思議と私の言葉を否定する事が少なくなり、断然やる気になってくれるのです。

ほんの些細な事ですが、最近では私の言う事を以前よりも聞いてくれるようになりました。

そしてぐずり始めた時はくすぐったり面白い話をしたりして、気をそらして接するようにしています。今の反抗期はこれから何度かやってくる反抗期の始まりで、これから父として悩む事も多いと思いますが、娘が笑うと幼い頃私に見せてくれた無垢な笑顔のままな事にハッと気付かされる事があります。

その頃を思い出すと、何だか反抗期なんて小さな事だなと思ってしまいます。

何より私が子育てを楽しみ、娘の成長を長い目で温かく見守っていきたいなと思います。